第26回坂田賞授賞理由

第26回坂田記念ジャーナリズム賞授賞理由一覧(敬称略)

【第1部門】(スクープ・企画報道)新聞の部
  坂田記念ジャーナリズム賞(2件)

   ★京都新聞社連載班
    長期連載「こんなはずじゃなかった」


   ★朝日新聞大阪社会部・東京社会部取材班
    財務省による公文書改ざんをめぐる一連のスクープ



【第1部門】(スクープ・企画報道)放送の部
坂田記念ジャーナリズム賞(2件)

  ★ドキュメンタリー新社取材班
   終戦特番 核の記憶・89歳ジャーナリスト最後の問い(BS12      
   トゥエルビ放送)


  ★NHK大阪・神戸放送局・報道局取材班
   NHKスペシャル 未解決事件File6.赤報隊事件 戦慄の銃弾
   知られざる闇



【第2部門】(国際交流・国際貢献報道)新聞の部
坂田記念ジャーナリズム賞1件

  ★毎日新聞世界救援キャンペーン取材班
   40年目を迎えた世界子ども救援キャンペーン



【第2部門】(国際交流・国際貢献報道)放送の部
坂田記念ジャーナリズム賞1件

  ★テレビ大阪アジアスペシャル取材班
   「黄砂を止めよ! 砂漠に挑む日本人」〜中国・内モンゴル
   放牧と緑の10年記




【第2部門】(国際交流・国際貢献報道)放送の部
坂田記念ジャーナリズム賞特別賞2件

   ★アジアプレス所属ジャーナリスト・玉本英子(たまもとえいこ)


   ★関西テレビ「ザ・ドキュメント  マリアとフクシマ」取材班
     「ザ・ドキュメント マリアとフクシマ」



 

第26回坂田賞授賞理由(その1)

【第1部門】(スクープ・企画報道)新聞の部
坂田記念ジャーナリズム賞
★京都新聞社連載班
 長期連載「こんなはずじゃなかった」

〔推薦理由〕

 「わらじ医者」と呼ばれた早川一光さん(19242018年)は、住民たちが自ら健康を守ろうとお金を出し合ってつくった京都・西陣の診療所の所長になり、患者の立場に寄り添った医療活動を展開。住民や同僚とともに大きな病院に育て、制度化されていなかった訪問診察や訪問看護などを実施し、在宅医療制度の礎になった。だが、90歳を超えて血液がんを患い、診る側から診られる側になって「こんなはずじゃなかった」と思った。終末期の意思決定の難しさもさることながら、草創期にくらべれば充実したはずの医療・介護の現実に違和感を持った。
国は超高齢社会で在宅医療を推進しているが、連載は早川さんの人生を通じて地域医療の原点を見つめ直し、早川さんが思い抱いた問題意識の大切さを自身の言葉(聞き取り)で語りかけた。連載は長女でフリーライターの早川さくらさんと京都新聞写真部の松村和彦記者が行い、構成・編集は文化部・写真部デスクが担当。肉親ならではの筆致の文と、2年半にわたり密着した松村記者の写真などで本編54回、番外編15回を掲載した。新聞社ならでは質の高い報道といえる。


 

[授賞理由]
基本的には、市井の医師として生きた早川一光さんの最晩年を綴る読み物だ。西陣での地域医療、訪問診察など往時を振り返りつつ、病に冒された日々を、長女が聞き書きした内容は、早川さんが到達した深い迫真の言葉がちりばめられ、時に軽妙でユーモラスでもあり、映像(写真)類でも工夫され、多くの読者を引き込んだと思える。
この連載は業界でいういわゆる「時事的、ジャーナリズム的題材」でのスクープではないが、人が生きるときに誰しもが通る「終末」について、医師である本人の態様をフリーライターの実の娘が記し、職業記者が写真撮影役となって記録したという社内外のコラボで対象者に深く分け入った貴重な作品だ。人の生き方、家族との関係を問いかける優れた企画というだけでなく、「特異なスクープ」であり、人間の生き様に迫った秀作といえる。




【第1部門】(スクープ・企画報道)新聞の部
坂田記念ジャーナリズム賞
 ★朝日新聞大阪社会部・東京社会部取材班
  財務省による公文書改ざんをめぐる一連のスクープ

 〔推薦理由〕
森友学園への国有地売却問題の報道(2017年2月)から1年余が過ぎた18年3月、財務省がこの取引に関する決済文書を書き換えて国会議員に開示していたことをスクープ。その後も書き換えが抜本的に行われていた実態を報道し、佐川宣寿・財務省理財局長(現国税庁長官)が辞任し、財務省は14件の文書改ざんを認めた。
 民主主義の土台を根幹から揺るがす行為を暴いたスクープは、社会に衝撃を与えた。また、同省の内部調査で、この売却にかかわる交渉記録が、改ざんと同時期に廃棄されていた事実も明らかにされた。公文書管理のありかたの見直しとともに、関係者の大量処分も行われた。改ざん問題などを捜査した大阪地検特捜部は捜査対象者全員を不起訴処分としたが、検察審査会がその妥当性を審査している。土地取引は妥当だったのか。妥当ならなぜ文書を改ざんする必要があったのか。真相追究は継続している。


[授賞理由]
 財務省という政府の最強組織が「国民騙し」をしながら、総力を挙げてイカサマを全否定し、「行政責任の放棄」「捻じ曲げ」という、あってはならない事態になった。このスクープにより国政は大きく揺らいだが、総理大臣、その妻の言動も不問に付され、政権は継続。財務省関係者も不起訴という煮え切らない幕切れとなった。

その結果、国民のあいだに不信感が醸成された。このような状態が続けば社会正義は失われ、あらゆる分野での堕落が公認されてしまうような、日本社会を覆う深い霧を感じさせるものとなった。しかし、問題は民主主義の根幹にかかわるものであり、このスクープはジャーナリズムの重要な仕事として極めて価値があり、朝日新聞の地道な取材と報道は称えられるもので、今後の継続的な奮闘にも期待したい。


【第1部門】(スクープ・企画報道) 放送の部
  坂田記念ジャーナリズム賞
★ドキュメンタリー新社取材班
終戦特番 核の記憶・89歳ジャーナリスト最後の問い(BS12トゥエルビ放送)
 
〔推薦理由〕
 第2次大戦を経験している89歳のジャーナリスト・鈴木昭典氏は、「ヒロシマ・デー」(8月6日)がニュージーランドで70年間以上も継続している背景を知るため真冬(南半球)の現地を訪れた。そこで、英国による核実験に動員されたニュージーランド兵全員が被曝したことを知った。追跡取材すると本人だけでなく、彼らの子孫にも染色体異常が起きており、さらに深刻な事態が報告されている仏領・タヒチを取材した。
 フランスが行った計193回に及ぶ核実験。ムルロア環礁で被曝し避難した一家によれば、島民全員ががんを発症していたが、医療費は無料のため不満は出ていないと知った。帰国後、鈴木氏はヒロシマ・ナガサキの被爆者の実態を調べ始めたが、自らも食道がんに冒された。「あの戦争を体験した者として、これだけは伝えておきたい」という老ディレクターの執念を描いているが、彼の取材をきっかけに、タヒチの被曝住民が仏政府に対し訴訟を起こしている。


[授賞理由]
 ヒロシマ・ナガサキの被爆者数は戦後74年を過ぎて少なくなっている。そのことは、核の恐怖を体験として語り継ぐ経験者が日本にいなくなる日が近いことを意味している。一方、1960年代まで核実験が行われた南太平洋にはなお多くの被曝者が存在しており、ヒロシマ・ナガサキの記憶が、こうした場所で生き続けていることを取材した貴重なドキュメンタリーだ。
 日本の反核の動きの多くがヒロシマ・ナガサキから始まるが、本作はそうした一般的な枠組みを超え、90歳に迫るディレクターが自ら企画・取材・インタビューしていることの存在感が鮮烈だ。「終戦特番」の新しいスタイルといえるが、映像ジャーナリストの生き方を問いかけてくるとともに、ジャーナリズムの役割を包括的に問う国際的企画として通用する秀作である。

【第1部門】(スクープ・企画報道) 放送の部
坂田記念ジャーナリズム賞
★NHK大阪・神戸放送局・報道局取材班
NHKスペシャル 未解決事件File6.赤報隊事件 戦慄の銃弾 知られざる闇

〔推薦理由〕
社会に衝撃を与えた「未解決事件」を検証し教訓を探るシリーズの第6弾で、1987年に起きた朝日新聞阪神支局襲撃事件の捜査に迫った。憲法記念日に支局に押し入り散銃弾で記者を殺害。犯人は「赤報隊」を名乗り、朝日新聞を「反日」と決め付け、姿勢を改めなければ関係者を「処刑」すると脅迫。矛先は元首相にも及んだ。民主主義を否定する、戦後例のない言論へのテロ事件である。
 しかし、延べ124万人も投入した警察の捜査は犯人逮捕に至らず、2003年、事件は時効となった。警察の極秘資料などから、番組は捜査が特異な経過を辿っていたことを明らかにした。言論テロに共感する人物が次々と現れ、赤報隊を名乗って捜査を撹乱。赤報隊の手がかりすら判明しなかったとの元捜査員の証言も。既存メディアへの誹謗中傷が強まる中、暴力による言論や民主主義を封殺することの過ちを改めて問いかけ、大きな反響を呼んだ。

 
 
[授賞理由]
 未解決事件は多いが、必ず犯人を検挙しなければならないという事件があり、その一つが朝日新聞阪神支局襲撃事件だ。犯人をなぜ逮捕できなかったのか。右翼団体グループなど有力筋への捜査に携わった元捜査員たちの回想や、同一筆者と見られる声明文の解析、脅迫文の存在など、知られざる捜査の実態に迫っている。
 事件から30年余。声明文にみられる「反日」なる言葉が、より声高に語られる時代を迎えているが、この事件の未検挙のツケの一端が回ってきているとも思える。このシリーズは「実録ドラマ」編とセットになっているというインパクトもあるが、元容疑者らの現在の暮らしが垣間見られた点も興味深い。同時に、所属意識を超えた、取材班のジャーナリストとしての無念と連帯感もにじみ出ており、重要なテーマを取り上げた厚みのある秀作だ。




 

第26回坂田賞授賞理由(その2)

【第2部門】(国際交流・国際貢献報道)新聞の部
坂田記念ジャーナリズム賞
    ★毎日新聞世界救援キャンペーン取材班
    40年目を迎えた世界子ども救援キャンペーン

〔推薦理由〕
毎日新聞大阪本社と毎日新聞大阪社会事業団が国際児童年の1979年に「飢餓・貧困・難民救済キャンペーン」として始めた、現在の「世界子ども救援キャンペーン」は、2018年に40年目を迎えた。第1回で訪れたバングラデシュの母子寮で、日本から送られた1本の鉛筆を両手で挟んで受け取った「鉛筆の少年」の写真は大きな反響を呼び、全国から救援金が寄せられた。以来、40年間で計59か国・地域に取材班を派遣した。地域でみればアジア25班、中東(パキスタン以西)16班、アフリカ33班、中南米4班、欧州3班となった。
取材班はインドシナ難民、アフリカ飢餓難民、不安定な中東情勢で苦しむ人々や少数民族、世界各地の内戦や干ばつなどさまざまな現場を歩き、傷つき未来を失った子どもたちの実態を報告。これまでに読者から寄せられた救援金は計16億2000万円余に上る。キャンペーンを継続するとともに、時代とともに変貌する国際情勢をも見つめ、2018年は過激組織イスラム国(IS)の拠点だったイラクのモスルにも足を踏み入れ、惨状に苦悩する子どもらの現実を伝えた。

 
 
[授賞理由]
世界の貧困問題等を、子どもの日々の姿を長年にわたり現地取材し、継続して掲載してきたキャンペーンの実績は、新聞社の社会的責務の履行として称賛に値する。ジャーナリズム活動は、まず問題意識を持って現場を取材することに始まる。40年間の連載は、単なるレポートの次元を超え、グローバルに社会を見据えたもので、国際貢献としても高く評価できる。

また、2018年の連載は、IS支配下の子どもたちの惨状を的確に伝え、性的暴行や非人道的な行為など、厳しい宗教的戒律とはかけ離れた狂信的なISの実態を暴いており、多くの読者が驚きと怒りを新たにしたことだろう。第1回取材班からの寄稿も含め、キャンペーンの意義と役割が明確に伝わるもので、40年間を紙面で総括するだけでなく、一連の全連載が書籍化されることも期待したい。



【第2部門】(国際交流・国際貢献報道)放送の部
坂田記念ジャーナリズム賞
★テレビ大阪アジアスペシャル取材班
  「黄砂を止めよ!砂漠に挑む日本人」〜中国・内モンゴル 放牧と緑の10年記〜

〔推薦理由〕
 北京五輪の2008年、内モンゴルの砂漠地帯で緑化植林に現地の人と取り組む日本人農業指導員に1年間密着した取材班は、国策による生態移民村に住むモンゴル族や移住を拒み砂漠に1人残った遊牧の老人らを取材した。それから10年。同じ場所に戻った取材班は、緑化に伴ってモンゴル族の遊牧文化が失われていく現実に直面した。植林・緑化の10年の歳月の変化をみることで、緑化の必要性、難しさ、伝統文化との矛盾など、表面的な緑化ドキュメンタリーとは違う、多方面から考えさせる内容になっている。
 中国政府はモンゴル族に対し、ヤギの放牧をやめさせる禁牧令をだしており、砂漠地域に居住する遊牧民を半ば強制的にインフラが整備された生態移民村に移住させてきた。日本へ飛来する黄砂の要因でもあり、緑化政策が間違っているわけではないが、継続的に緑が増えるビジネスモデルをつくろうと試行錯誤を繰り返す日本人の活動などを通して、国際環境を深く掘り下げたドキュメンタリーになっている。

 
 [授賞理由]
経済発展が著しい中国の少数民族とその変容を長期的な取材で追い続ける姿勢をまず評価したい。その経済発展による富裕層相手のビジネス展開で、上質な毛糸増産用のヤギ飼育の拡大が、砂漠化を加速する一因になり、黄砂というグローバルな環境問題となる。この悪循環を断ち切ろうと努力する日本人農業指導者と現地の人々の協力や、中国政府による生活転換策などが長期取材で提示され、説得性の高い「国際協力」の秀作になっている。
 緑化に取り組む日本人農業指導者と「教え子」たちの交流を見ていると、その成果の大小は別として、国際交流という名に値するものが現地で展開されていることが明白にうかがえる。また、単に中国政府の政策を批判するだけでなく、その成功部分を評価しながら「それで本当にいいのか」と問いかける内容も、表層的な文明論ではなく説得力がある。長期継続取材を改めて評価したい。



【第2部門】(国際交流・国際貢献報道)放送の部
坂田記念ジャーナリズム賞特別賞
★アジアプレス所属ジャーナリスト・玉本英子(たまもと・えいこ)
 
 クルド/ヤズディ教徒をはじめとするイラク・シリア報告
(民放で全国放送

〔推薦理由〕
 大阪でOLとして働いていた玉本英子さんは、1993年、クルド人が体にガソリンをかぶって火をつけドイツの機動隊に突っ込むテレビニュースに衝撃を受けた。彼らは何を訴えたいのか?現実を知りたい・伝えたいと退社。アジアプレスに所属し、94年からトルコ南部で迫害を受けるクルド人の取材を始めた。2003年からは毎年イラクに足を運び、イラク戦争の犠牲者や宗教紛争の現場を取材。07年〜08年にはテレビ朝日の報道ステーションなどで、イラク軍と同行した「宗教戦争の最前線で」「市民は今」を報告した。
 ここ数年はシリアのアサド政権下で苦しむクルド人や、IS支配下で迫害されたヤズディ教徒の姿を伝えようと、現地取材を続け、NHK、テレビ朝日、TBSで特集番組を制作してきた。18年5月には「イスラム国によって引き裂かれた家族」をテーマにドキュメンタリーを制作、朝日放送を経由して全国ネットで放送された。また、毎日新聞大阪版で中東情勢の連載記事も執筆するなど、大阪を拠点に活躍している。


 
[授賞理由]
 多くの主要メディアは、IS支配地域周辺や戦闘地域などいわゆる中東の「危険地帯」に取材班を派遣することには極めて慎重だ。取材班の安全性を考慮すれば当然の判断といえる。アジアプレス所属だが、玉本さんはフリーの映像ジャーナリストとして、長年、クルド人に寄り添う形で、イラク、シリアの厳しい現場に足を運び、レポートを制作してきた。とりわけ、IS支配地域でのヤズディ教徒たちの惨状を現地から報告した内容は、主要メディアが深入りできない状況下で、高く評価しなければならない。
彼女の映像ルポから、IS支配から取り戻したヤズディ教徒らの子どもたちの悲惨で過酷な状況を知った多くの視聴者は、事態の深刻さ改めて思い知らされたであろう。歴史的、民族的、宗教的、経済的な要素が複雑に絡み合う中東の紛争地域だが、迫害される側に寄り添う確固たる姿勢は、ジャーナリズムとして高く評価できる。



【第2部門】(国際交流・国際貢献報道)放送の部
坂田記念ジャーナリズム賞特別賞
★関西テレビ「ザ・ドキュメント マリアとフクシマ」取材班
     「ザ・ドキュメント マリアとフクシマ」

〔推薦理由〕

チュルノブイリ原発事故で胎児被曝したウクライナ人のマリアさん。幼い頃から原因不明の症状に苦しみ、親の期待に応えられない自分を責めていた。画家になったマリアさんは成長して初めて被曝による甲状腺機能亢進症と診断された。日本人ジャーナリストに撮影されたことがきっかけになり、2年前、マリアさんは初めて来日し、子どもたちの甲状腺がんが増えている福島の現実を知った。福島の子どもたちの孤独が自身と重なった。
 ウクライナ同様に福島の大人たちも被曝被害を口にすることを憚り、福島に残る人、福島を去る人のそれぞれが自分の気持ちを伝えられず葛藤していた。マリアさんは再来日し、福島の人々と一緒に描くことで、自分にもできることがあると気づいた。それは、見えない痛みに苦しむ人たちに光を当てること。共鳴しながら交流するマリアさんと福島の絵本作家、そして、それぞれの親子の絆を通して、原発事故の「消えない痛み」を描いた。

 
[授賞理由]
風化させてはならない原発事故だが、フクシマから8年、チェルノブイリからはさらに長い歳月が過ぎている。それでも、事故の傷痕は消えることはない。来日してフクシマの現実を知ったウクライナ人画家のマリアさんと福島の絵本作家の出会。見えない苦しみを抱える二つの地域の二人の交流と連帯感を背景に、それぞれの心境を映し出す画風や背景を軸に番組展開している手法は斬新だ。
また、二つの原発事故を縦糸に、二人の交流と友情の深まりを横糸にストーリーが見事に絡まっている。さらには、マリアさんの両親や祖母、京都に避難した絵本作家の子どもたちと母親の物語が加わり、原発事故が人々の日常とその後の人生に、どのような影を落としているのかがリアルに描かれている。マリアさんが仕上げた作品のテーマ「周りから理解されにくい、見えない苦しみや痛みに光を当てる」が、番組全体に底通していることが分かり、巧みに構成された秀作である。